ハイジ

ハイジ

キスしてほしい

「ねえハイジ、キスってしたことある?」

クララから突然の問いかけに思わず息が詰まる。そういえば私、キスって経験がない。確かに街の男の子ほとんどと関係は持ったけれど、私の唇には誰ひとりとして触れる者はいなかった。そう一度たりとも。クララは勝ち誇ったように口元を歪めると言葉を続けた。

「甘くってぇ、酸っぱくってぇ、すんごく胸がドキドキしちゃった」

過去形だ。経験済みだってことを伝えたかったんだ。なんて性悪女なんだろう。でも正直キスに憧れているのも事実。私だってキスしたい。互いの舌を絡ませじゃれ合いたい。自分の唾液を相手の中に流しこみたい。ゴクリと動く喉仏を眺めてみたい。「ねえ、石食べた?」喉元を指差し笑ってみたい。それが普通の女の子だろう。違うかな。いや違っていてもいいの。身体は求められてもキスは求められない女、ハイジ。そんなのイヤだ。誰か私とキスをして。ねえ誰か。街で声をかけてみても皆が背を向ける。ねえなんで?すると一人の男の子がボソリと呟く。

「ハイジの口臭、ちょっとヤバイから…」

私の口臭がキツイ!?それは衝撃の事実だった。虚ろな目のまま白木屋の暖簾をくぐったところで私の記憶は途切れている。

「っ、むぐぐ…」

気がつけば嫌がるペーターを抑えつけ、無理矢理唇を奪っていた。なんて温かな舌なんだろう。なんて尖った八重歯なんだろう。これがキスの味なのね。なんでこんなに胸が苦しいのだろう。なんでこんなにペーターを愛しく感じるんだろう。閉じた瞳をゆっくり開ける。なんで山羊なんだろう。